2006年03月30日

泉麻人『お天気おじさんへの道』


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 泉麻人が気象予報士になるまでを綴ったエッセイ。

 といっても、これはどうやら2年間と決まった連載企画だったようで、もしこれを連載時に読んでいたら、気を揉みながらも、より面白く読めただろうと思います。というのも、思った以上に内容が難しそうで、やっぱり気象予報士になるのはたいへんのようです。合格しているのを知らずに読んでたら、スタート時に「こりゃ無理かも」と心配しちゃいそうなほどです。

 内容は、資格を取得する上での勉強法だとか専門的な気象の話にはならず、寄り道の多いエッセイになってます。もちろん、気象とは無関係ではないですが。
 気象関係のトリビアな部分も気になるところでした。桜の開花はともかく蝶の初見や蝉の初鳴はどこでどうやって調査・判定しているのか、とか(これは、それ専門で調査しているのではなく、気象観測器の点検時に"注意する"というアバウトな方法だというのが納得かつ笑えました)。

 「おぉ、気象予報士っぽい」とさすがと思わせる部分もあって、 
尤も東京あたりで雪が多い年は、本格的な寒冬とはいい難い。雪を降らせる南岸低気圧は、西高東低の気圧配置が緩んだときに発生するものだから、強い冬型が長続きする寒冬の年は日本海側はともかく、東京は乾燥した晴天の日が何日も続くことが多い。これまでの経験では、中途半端な寒冬というか、暖冬から寒冬への変わり目のような時期に東京でよく雪が降る……という印象がある。
こんなふうに、後半のほうがより気象予報士的視点になってきていて、「ああ、そういう見方をするのかあ」などと感じられて、そっちのほうがより楽しめました。

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2006年03月29日

「アンフェア」の原作をパラパラと

 ドラマ「アンフェア」と秦建日子『推理小説』の中身に少し触れていますのでご注意下さい。

 「アンフェア」の原作である秦建日子『推理小説』はとくに読む気はなかったのですが、ドラマも終わったところだし、ちょっと気になるところもあったので、書店の店頭でパラパラとめくっていたら、第一の事件で終わってるんですね。

 瀬崎のパートの後の展開がなんかしっくりこないなあ、とちょっと感じたのでその点で納得しました。最後の連続殺人なんかはヤッツケな描き方で、あれはちょっとどうかと思います。

 それで、もともと気になったのは募金型誘拐で身代金が12億円というところです。その金額の大きさがあまりに荒唐無稽に感じられ、見ていて「そんなに集まるかよっ」と、このあたりはかなり冷めてしまったところです。しかもそれだけ集めさせておいて、たいした元手もないのに株の値上がり益を狙うというショボさもびっくりしました。それだけに原作でもこうなのかと思ったら、そうではなかったのでちょっと安心しました。

 まるで酷評していますが、それなりに楽しんで見ていたことを付け加えておきます。内部に犯人がいるとか、事件が解決したら次の事件が発生してそれが実はつながっているとか、重要な役かなという人があっさりと死んじゃうとか、いろいろと「24」っぽいなあ、とか思ったりして。
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2006年03月27日

『ジウ 警視庁特殊犯捜査係』

オンライン書店ビーケーワン:ジウ
ジウ
誉田 哲也著
中央公論新社
2005.12


 サブタイトルの特殊犯捜査係というのは、SATのような特殊部隊とかではなく、捜査一課の中の誘拐や人質籠城事件などに出動する一部門のようです。

 この特殊犯に所属するふたりの女性が主人公で、キャラクター的に正反対という設定です。門倉美咲は、心を開いて敵意がないことを示して犯人の説得に当たり、怒りや興奮を抜き取るというタイプ。対して、伊崎基子のほうは実戦派で、その戦闘能力の高さで犯人を実力行使で倒していく。

 とくに伊崎基子がキャラクター的に勝っていて、常に戦うシミュレーションをし、生死を賭けた戦いを求め、自分より強そうな人間を見れば倒したいと考える、そういう人間です。
 門倉の説得により人質を解放させ投降に導いたという事件では、「ああいう現場は退屈だ。何度『あたし、先に帰っていいっすか』と言おうとしたことか。見ず知らずの若い女に説得されて納得するくらいなら、最初からそんな無茶はするなとホシに言いたい。」とか思ったり。
 私としては、門倉よりもこの伊崎の考え方とか行動パターンが面白く、女性初のSAT隊員になるのですが、もっと伊崎の活躍を読みたいと思いました。なにしろ強力な個性の持ち主ですから。

 序章の誘拐事件にもからんで大きな事件がふたりを待つのですが、やはりそのときにもお互いのキャラクターが生きてくる展開です。スリリングな警察小説で面白かったし、続編も楽しみなところです。

 想像するだけでも痛そうなシーンがいくつか出てくるので、苦手な方はご注意ください。

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2006年03月26日

横浜市長選の翌日開票について

 今日は横浜市長選の投票日でしたが、今回翌日開票ということになりました。
横浜市選挙管理委員会のこの決定に肯定的な意見をもつ人がおそらく少なくないと思います。私もその一人です。ただ、それとは別に思いついたことを書いてみることにします。

 この問題は、速報性と経費節減が対立軸になっているようです。
 減額になるのは時間外手当約2900万円と帰宅用のタクシー代約380万円、増額のほうは投票箱の警備費約80万円という試算になるとか。(読売新聞より

 中田市長は個人的な見解として次のような内容のことを述べています。
 統一地方選や国政選挙と違って、横浜市だけで管理する市長・市議選のみの場合には翌日でいいのではないか、と。
 また、今回の市長選のように投票が任期の途中である、つまり、選挙の結果が出ても即座に交替が行われるわけではないときには、要請される速さにも多少の差が出てくるのではないか、とも。(市長定例記者会見質疑要旨より)

 だいたい、その日の深夜に結果が出るのと翌日の午前中に出るのとでそれほど大きな違いがあるのかというのが一般的な感覚かもしれません。

 その上で、翌月曜日に開票作業をする約2700人の市職員は、本来ならするはずの業務の時間を使っているのでしょうがそれはそれで問題はないのかという疑問が浮かびました。
 表に出ないようなコストがかかっているとか。その分結局残業をすることになっちゃうとか。
 まあ、これは突然決まったことでもないので調整できるとします。他の職員がカバーできるようなケースもあるでしょう。休暇を取っていると思えば日常よくあることでもあります。

 そこで、もしこの程度の影響が微々たるものだとすると、こういうのはどうでしょう?開票作業ばかりでなく、選挙の事務に従事した職員には代休を与えるというのは?
 かなりの職員がそのために休まなくてはならないわけですが、不可能ではないと思います。代休プラス休日時間外勤務手当のような形であってもかなり節約できるような気がします。

 あるいは、投票日を午前と午後の2交替制にするというのは効果はないでしょうか?拘束時間を短くすることで単価を下げるというねらいですが。それで、アルバイトも雇っちゃいましょう。立会人がいるんですから、必ずしも職員だけでなくてもいいという気がします。管理する責任者と半分程度の職員でやることができれば経費節減できます。この場合、退職した職員に募集をかけるのがありうる線でしょうか。

 これは別問題かもしれませんが、現行の投票時間を午後8時までに延ばしたのが大きいと思います。期日前投票の普及に合わせて午後7時までにするとかなると選挙権者の利益を損なうのでムリなんでしょうか。これだけでもそれなりの効果が期待できるところなのに。


 取りとめもなく書いてしまいましたが、速報性か経費節減かではなく、経費節減の方法にもう少し話が及んでもいいのではないかと思ったのでした。
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2006年03月25日

三谷幸喜のチケット連敗中

パルコ劇場で上演されている「決闘!高田馬場」が明日で千秋楽となります。

前売りの一般発売日は雪の降った日で、同僚の話では楽勝で買えたとか。その日は仕事で帰りに寄ってはみましたが、もちろん、夕方に残っているわけもなかったのです。

三谷幸喜の舞台を見たのが2003年の「オケピ!」が最後で、その後のチケット取得には成功したことなし。パルコ劇場は当日券が比較的取りにくいというのが私の乏しい経験からくる実感です。とにかく電話がつながらなず、つながったとしてキャンセル待ちの整理券が得られるということになっているので、本当に見られるかよく分からず、実のところたいして期待してません(ただし、この方法で宮藤官九郎の「鈍獣」は見ることができました)。

そういうこともあって、今回はそれほど積極的に電話をかけてはいなかったのですが、三谷幸喜データバンクの掲示板を見ていたら、意外と数があることもあるような書き込みがあったりして、しかし「ああ、明日は仕事だ」というわけで、結局見ることはできずに終わるのでした。
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2006年03月23日

マシニスト



 これは正直がっかり。
 冒頭のミステリアスなシーン、静かな中にも不穏な気配を感じさせる立ち上がり、前半のうちは結構引きこまれました。
 とにかく、クリスチャン・ベイルのやせっぷりは見事というか、心配を通り越してほとんど笑ってしまうほど。なぜこれほどやせているのかという謎などを引きつれて物語は進行していくわけです。

 しだいに、主人公の回りで不審なことが次々と起きます。見ていると、ある程度の予想がつくのですが、大筋においてそれが裏切られることはありません。主人公には共感できないし、ハラハラするとかいうことでもないので、その予想のつくあたりからがちょっと長く感じます。
 意外性というか衝撃がなくても構わないですけど、このストーリー展開で、これはないんじゃないの?というのが偽らざる感想です。
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2006年03月21日

『ガール』

オンライン書店ビーケーワン:ガール
ガール
奥田 英朗著
講談社
2006.1



 「奥田英朗にハズレなし」という私の"格言"は生きておりました。

 装丁を見ると『マドンナ』を思い起こさせるわけですが、内容的にも姉妹編みたいな感じです。『マドンナ』は中年サラリーマンが主人公の短篇集でしたが、『ガール』には仕事をもつ30代の女性たちが登場します。それぞれ、会社の中でいろんな人間関係にぶつかったり、現実的な問題を抱えていたりして、それを快調なリズムで描いていきます。なんといっても、リアルというか本当にそこにいるかように感情移入させるところが見事で本当にすごい。

 中でも、部下になった男が3期先輩で女の自分に従わないという話の「ヒロくん」などは、読んでいるうちに怒りで興奮してきて心臓がドキドキしてしまったほどです。まあ、そこまで入り込んじゃうのもどうかと思いますが、読んでいて気持ちのいい一冊です。

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2006年03月20日

『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』

オンライン書店ビーケーワン:翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった
翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった
金原 瑞人著
牧野出版
2005.12


 タイトルのイメージでもう少し自伝的色彩が出てくるのかと思ったら、そうでもなかったです。あとがきに「絵本をふくめると、訳書はすでに二二二冊を越えた」とある著者の、翻訳をめぐるエッセイ集。

 大学四年でいくつかの出版社を落ちたらしく、タイトルのとおり卒業後「屋台のカレー屋をやることにした」ところ、大学院に進学することになるのですが、そのときのいきさつというか、きっかけのやりとりのいい加減さがなんだか楽しい。

 大学院時代に携わったハーレクインの訳し方とか、「I」を私とかぼくとか訳すことによってかえって原作のねらいを消してしまう場合があるとか、翻訳家の収入に関する現実だとか、翻訳をめぐる話は興味深いところです。

 あと翻訳の話でなるほどと思ったのは、江國香織との対談の中で、たどたどしい英語で書かれている朴訥とした感じの小説があったとして、それをたどたどしい日本語に訳すかといえば訳さない、といってます。それは翻訳家の訳が下手だと思われるのがいやだというのも理由の一つだそうですが、これなどは、翻訳とはどうあるべきかということを考えさせます。古い時代設定の小説でも、日本のその当時のことばを使っては訳さない、ということも似たところがある問題です。

 それから最近の改訳ブームに対しては、「翻訳は、ただ単に新しいというだけで、十分に価値があるのだ」というふうに、金字塔となるような名翻訳であろうとも寿命はせいぜい20年程度であって、古びた訳を押し戴くのではなく、新しく訳され続けるべきである、といっています。

 翻訳ものを読むと、入りこめないとか引っかかりを覚えることがよくありますが、この本を読んでからは翻訳に対して今までより寛大な気持ちになりそうです。

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イン・ザ・プール



 奥田英朗の『イン・ザ・プール』と『空中ブランコ』がほぼ同時期に映画とドラマで映像化されたので、どうしても主役の俳優の比較だとか、原作をどう映像化したのかということに目が行ってしまい、そのうち見ようと思いつつそのままになっていました。「亀は意外と速く泳ぐ」を見たことがきっかけで、他の三木聡の作品を見たいということから今回この作品を見ることとなりました。

 阿部寛も松尾スズキも原作のイメージとは違うわけですが、この作品を見るときにはまるでそういうことは気にならない、というか、もうこれこそが伊良部だとさえ思ったほどでした。

 原作でもそうですが、精神科を訪れる患者は本人にしてみれば悩めるところなのに、深刻さとか悲惨さを感じさせず、笑えます。変わったクセだとか、極端な趣味だとか、ちょっとふつうじゃない性格のように、誰しもがもちうるヘンさをデフォルメしたような感じです。たいして治療をしないようにしか見えないメチャクチャな医者ぶりもハマッてます。
 そして、当然のような小ネタの数々にも笑ってしまいます。
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2006年03月19日

使える!確率的思考

オンライン書店ビーケーワン:使える!確率的思考
使える!確率的思考
小島 寛之著
筑摩書房
2005.11

 「サイコロをふって1の目が出る確率は?」的なものではなく、事前には分からないことが社会には多いわけで、そうしたときに確率をどう考えるか、というのがこの本の主旨です。

 一番、興味を覚えたのは「観測の非対称性」の部分です。売り主が適正な値段を付けられるか、という問題を考えます。値段を付けるときには、値段の高さによって売れ行きが変わるわけですから、もっとも利益の出る値段を知りたいところですが、それはいろいろな値段で売ってみて、その売れ行きの違いを調べることによって分かります。値段を変えることはそういうマーケティング調査にもなるというわけです。売れ行きのデータは調べているうちは更新され続けます。ところが、たまたま1,000円でよく売れたので、そのまま固定して売ることにしました。ところが、実は800円のほうがよく売れたのかもしれない。しかし、もうこの売り主は800円では売りませんから、その値段での売れ行きについてのデータは更新されなくなってしまうのです。つまり、選択しなかった確率が分からないことによって、本当の適正な値段を知る機会を失ってしまうという仕組みになってしまうというわけです。これは、値段に限らず、選択しないほうの確率を知り得ないときには起きるメカニズムです。

 おそらく、こういう確率的な考え方というのはカンのいい人なんかには具わっていたりするでしょうし、知っている人からすればこの本に出てくる話には物足りないのかもしれないと思います。そうでなければ、数学的な知識がなくても、分かるようになっていますし、読み物として読めるような分かりやすさになっていますので入門書にはいいと思います。

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MOTアニュアル2006

 東京都庭園美術館に行った後、はしごして東京都現代美術館に行きました。
 MOTアニュアルという、あるテーマのもとに現代アートの若い作家を紹介する企画を毎年しているようで、にもかかわらず足を運んだのは3年ぶりになります。
 今年のタイトルは、『No Border「日本画」から/「日本画」へ』となっていて、日本画的な題材や手法を用いて、現代アートを制作している作家を取り上げています。1966年生まれから1974生まれまでの7人の作家の、ほとんどがここ2、3年の作品です。それぞれかなり違う作風で、あまり「日本的」な印象を受けないものもありました。
 エスカレーターを昇りきると、松井冬子の「ただちに穏やかになって眠りにおち」という作品が突然姿を見せ、ことばでは言い表しにくい、意識の底の深いところに響くものを感じて、ちょっとヤラれました。ただ、カタログを見ると「象の自殺」を描いたものだとかで、「あれっ、そうだったの!?」と自分の勘違いに、やっぱり分かってないなあ、と思ったりもしてます。
 他にすべてを通して気に入ったのは、町田久美の「深夜帯」と三瀬夏之介の「日本の絵」、長沢明のトラの作品群です。とくに、三瀬夏之介の作品は、細かく描きこまれた部分を見ていると、その集まりから受けるイメージの豊かさに楽しさを感じました。
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宇治山哲平展

 宇治山哲平という名前は知らなかったんですが、ポスターを見て興味をもったので東京都庭園美術館に行ってみました。
 今年は宇治山哲平の没後20年にあたり、首都圏で本格的な個展が開かれるのは30年ぶりのことだそうです。
 想像していたより、一つ一つの作品のサイズがずいぶんと大きいことと、絵の具に水晶なんかを混ぜているそうで、その質感が写真では伝わらないので、これは直接見ないと分からないなあというのが印象です。
 ポスターに載っているような作品はだいたい60年代後半以降のようで、後になるほうがより抽象的になっている気がします。それら多くの作品でも宗教的というのか精神性というのか、そういう抽象的な中でも意味を見出しやすいものも見受けられますが、個人的には、たくさんの○や△などのモチーフの色や配置のそのものを楽しめるようなものの方が好みです。

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時効警察にハマッた人は必見! 「亀は意外と速く泳ぐ」



 「必見!」なんて書いてますが、この作品で初めて三木聡という名前をはっきりと認識しました。不覚です。今まで見落としてきたことを反省させられるところでありました。ちなみに、「時効警察」の1、2、最終9話の脚本・監督に名前が入っていたかと思います。
 ときどき、知らずに面白がっていて、「ああ、この作品もあの作品もこの人が関わっていたのか」ということがありますが、まさしくそのパターン。元々、テレビの構成作家やシティボーイズライブの作演出をしていたようです。

 ふつうの主婦役である上野樹里がスパイになるものの、回りの人たちにバレないようになるべく目立たず、意識的にふつうな行動をしないといけない、という設定がアホらしくておかしい。基本的には、舞台っぽい感じの小ネタやヘンな人たちの言動が生むナンセンスな笑いが中心で、宣伝のコピーにあるように、"脱力系"とか"ゆるい"ということばがぴったりします。
posted by 行き先不詳 at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月17日

美輪明宏のあの一言の意味を…

 八千草薫と美輪明宏のマザーズオークションのCMをここんところよく見かけます。
 八千草薫が「マザーズオークションは不動産のオークションです」と言うと、「八千草さんはやさしすぎるので私がもう一度」と美輪明宏が言って同じセリフを繰り返してます。
 やさしすぎるのでもう一度、と言っているのに、全く同じことを言うのでいつ見ても「同じじゃん」って心のなかでツッコミを入れてしまいます。
 きっと口調のやわらかさを指しているのでしょうが、勝手にシュールなCMとして見ています。
posted by 行き先不詳 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする