2006年12月31日

「24 シーズンX」を見終えて

 やっとです。もともと、ゆっくり見ようかと思ってはいましたが、いくらなんでも3ヶ月かかるとは。なにしろ、かなり面白かったんですから。もっと早くておかしくないはずでした。なんとか今年中に間に合わせることにしたら、大晦日になっちゃいました。

 中盤のあたりの展開を見てたときには、「これ作っている人たち、かなりイッてる(←これはほめ言葉として)」という感想でした。相変わらず、ふつうのドラマだったら阻止できそうなところでは阻止できなかったり、一線を踏み越えてしまう決断が迫られたりします。

 そして、ラストには、おっ、そうきたか、という幕切れ。次も見させる仕掛けとなっておりました。

 今回のキーパーソンは、大統領夫人のマーサでしょう。精神的な問題を抱えていて、大人しくしてません。大統領の思惑に反する行動もあったりして、終盤に至るまでカギを握っておりました。
posted by 行き先不詳 at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月30日

『デトロイト・メタル・シティ』



 ここ数ヶ月、新たなマンガに手を出してなかったんですが、今年の話題作のようなので、とりあえず1巻だけ読んでみました。
 で、これは、たしかに笑えます。かなりバカバカしい。

 主人公は、スウェディッシュポップとか渋谷系が好きで本当はそういう音楽をしたいのに、なぜかデスメタルで熱狂的な人気を一部で獲得しているという男。したいことと実際していることのギャップがあまりに極端過ぎて、そこに主人公は苦悩し、また周りが主人公に求める像が笑いを引き起こします。モラルに反した鬼畜な歌詞もギャグになってます。

 ですから、一見どぎついようでいて、面白さとしては分かりやすい。拒否反応を示すようなこともないと思います。おそらく。

posted by 行き先不詳 at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今期のドラマを見終わって

 連ドラについては、水曜にはすでに見終わってましたが、書きそびれたので軽く。

 今期のトップは「僕の歩く道」です。とりたててドラマティックなストーリーではないのに感動ポイントが多くて、そこがまたよかった。それと、いかにも感動的なわけではなくても、主人公の周りの人たちのやり取り、たとえば、兄(佐々木蔵之介))と妹(本仮屋ユイカ)、兄と母(長山藍子)、園長(大杉漣)と古賀(小日向文世)など、ふたりで対話をするシーンというのが多くあって、たいへん印象的です。都古(香里奈)の結婚までとその後の描き方も心に残ります。

 「DR.コトー診療所2006」と「のだめカンタービレ」は期待通り楽しめました。コトーのほうは、ずっと不幸の連続だったようなところへ、“奇跡”が訪れる、しかも医学の常識を超えるだけに、逆にコトーの無力感を呼ぶというところが一番気に入りました。
 のだめは原作を5巻までしか読んでいないまま中断していたので、この機会に一気に購入して読みました。原作に忠実でありながら、原作に負けてなかったと思います。

 「14才の母」は、視聴者が不用意に主人公に共感できないところがポイントだと思います。周りから心無い反応があっても、そりゃそうだろっ、と受け止めざるをえませんし、産むことの意思の強さについても、私には最後まで十分納得できるようには見えませんでした。でも、そこにこそこのドラマの意味があるのでは。

 「たったひとつの恋」は、身分違いの恋の現代版といった話でしたが、あれだけの障害も結局時間が解決したかのような終わりには不満を感じます。ラスト1回前で、現実の前に諦め、一旦別れますが、ああいう方向でいけたら、すごいんだけどなあ、という感想です。ただ、あれだと盛り上がりに欠けすぎますが。ナオ(綾瀬はるか)が無事だったことを後で知るとか、婚約者が自ら身を引くところだとか、オレンジデイズとそっくりじゃん、と思わないでもないです。

 そして、最後に「役者魂!」。これはがっかりでした。というかよく最後まで見たものです。君塚良一・松たか子に役者魂というタイトルで、どうしてこれなの?という内容。藤田まことがシェークスピア一筋の名優には全く見えないということさえどうでもいいほど。唯一、富岡晃一郎のアントーニオが、のだめの小出恵介の真澄よりハマッてると思ったくらいがよかったところ、というのは言い過ぎか。
posted by 行き先不詳 at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

劇団エッヘ「人情番長春彦」

 2本目は劇団エッヘ。
 人情話+ラブストーリーのような話でした。舞台にはチープな雰囲気があふれてました。
 これではじめて見る人が本公演を見に行きたくなるとは私には思えなかった。好きな人には申し訳ないですが。


 それにしても、お台場は寒過ぎる…。
posted by 行き先不詳 at 02:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シベリア少女鉄道「のだぬカンタービレ」

 12月18日に続いて2回目のお台場SHOW−GEKI城です。シベリア少女鉄道と劇団エッヘの2本でした。両劇団とも今回がはじめてです。

 で、まずはシベリア少女鉄道ですが、演目のタイトルが「のだぬカンタービレ」。借金を抱えたマスターの喫茶店、恋人がもうすぐ親を連れて訪ねてくるという女性(どうもだまされている様子)の部屋、身投げした女性を助け自分のアパートへ連れ帰った警官の部屋、の3ヵ所が舞台になっていて、登場人物らが狭くて複雑に絡み合う人間関係を形作っています。主に、一人の詐欺師があっちこっちの人をだましていて、その人たちとのやり取りが話の推進力になっています。

 で、終盤になって、それらの人間関係が劇的に動き出すときに、ふつうだったらここからが見せ所になりそうなところを、全然違った見せ方をしていて、果たしてこれでいいのか、と戸惑うところもありました(こういうところがシベリア少女鉄道ならではなのでしょうか)。さらに、幕切れのあっけなさは、、あれで終わりか?というラストで、ちょっと苦笑い気味でした。でもちょっと面白かったですけど。

 それと劇団+グラビアアイドルという企画になっていて、それがMARIという人みたいなんですが、私、見ている最中に誰が劇団員じゃないか、とくに意識に上らなかったです。つまり違和感がなかったということでしょう。

 これで1500円は安い、と言っておきたいところです。
posted by 行き先不詳 at 01:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月27日

『グレート・ギャツビー』

グレート・ギャツビー
スコット・フィッツジェラルド著 / 村上 春樹訳


 前に、新潮文庫の『グレート・ギャツビー』を読んだことはあって、そのときの印象では、「これってそんなにすごいか?」というものでした。
 村上春樹の思い入れのある作品だということは、折に触れ書かれていましたから、それを読むたび、いつか村上春樹訳が出ることがあったら、また読んでみようと思っていました。それが、私の予想よりかなり早く実現しました。

 今回の訳者あとがきでも、「これまでの人生で巡り会ったもっとも重要な本を三冊あげろ」と言われたら、『グレート・ギャツビー』『カラマーゾフの兄弟』とチャンドラーの『長いお別れ』だそうで、どうしても一冊というなら『グレート・ギャツビー』を選ぶんだとのこと。さらにこんなことも言っています。

「『グレート・ギャツビー』って読みましたけど、あれって村上さんが言うように、そんなにすごい作品なんですかね?」と口にする人も少なからずいる。僕にはそれがよくわからない。ちょっと待って下さい。『グレート・ギャツビー』がすごい作品じゃなくて、ほかの何がいったい「すごい作品」なんですか……、とつい詰め寄りたくもなってくる。

 という具合なんですが、やっぱり今回読んでも、そんなにすごい作品なのかなあ、という感想は消えませんでした。とはいえ、どこがいいのかさっぱりわからない、ということもありませんでした。

 それと、今回読んでいる最中に何度か、村上春樹の小説を読んでいるのかとさえ錯覚する瞬間が、私に限って言えばありまして、訳文の違和感のなさと世界観の調和があるということなんでしょうか。とにかく、訳についてあまり意識が向けられなかったとは言えます。


 話の内容についても簡単に触れておきます。
 謎めいた金持ちの隣人であるギャツビーとの出会い。ギャツビーが開くパーティには招待もされていなくてもセレブリティら大勢の人がやって来ている。そのパーティの目的は意外なところにあった。このパーティに来る人など、ギャツビーの周りにいる人らは、浮わついた季節が終わると、あまりにあっけなく去っていく。
 それらを語り手であるニック・キャラウェイが関わりながら目撃していて、彼が抱く印象の変化が書かれているとも言えるのではないでしょうか。
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2006年12月25日

いもとようこ『フランダースの犬』

オンライン書店ビーケーワン:フランダースの犬

 別にクリスマスだからっていうわけではないですが、絵本をひとつ。
 私は、子どもしか楽しめないような絵本はもちろんですが、大人向けの絵本(哲学的だとか、いかにも深いことが書いてあるとか、みたいな)には、ほとんど興味はなくて、子どもにも大人にも、ふつうに絵本として楽しめるものに引かれます。

 で、この「フランダースの犬」は、かの有名な作品を、いもとようこの絵で読める、というものです。
 が、私としては、このパトラッシュの姿を見てほしい。何でしょう、このふかふか、ふわふわな犬は。全然、アニメのパトラッシュとは違う。これは、とてもパトラッシュとは思えない。けど、断然、かわいいじゃないですか。思わずほほが緩んでしまいます。何度見ても、なごみます。
 ということで購入した1冊ですが、読んでみれば、やっぱり泣きそうになる物語なのでした。
posted by 行き先不詳 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『赤ちゃんは世界をどう見ているのか』



 タイトルに「世界を」ってありますけど、つまりは、赤ちゃんはどの程度見えているのか、ということです。
 赤ちゃんが生まれたときは、大人と同じように見えているわけではない、というのは言われてみれば、何となく納得するところですが、しかし、もちろん全く見えていないわけでもないわけです。

 具体的には、赤ちゃんの視力がどの程度悪いのか、色は大人と同じように見えているのか、三次元の空間を認識できるのか、動きを見ることはできるのか、顔を認識しているのか、などといったかんじ。

 生まれたばかりの状態では、眼球にしても脳にしても、未完成で発達途上であり、その発達過程において、見えるためのいろんな機能が完成されていく。この本ではその詳細を解き明かすというよりは、いろんな実験や、眼や脳の機能障害などの症例をもとに、どのように視覚が成り立っているのかが分かるような内容です。

 一言で「見える」と言っても、かなりいろんな機能が重なって「見え」ているんだということが、なんとも不思議です。ふだん意識せずに見ているだけに。
 当たり前ですが、赤ちゃんは言葉で答えてくれないので、実験もなかなか難しそうです。
posted by 行き先不詳 at 20:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

M−1グランプリ2006

 昨日のM−1グランプリですが、録画しておいいて、面白かったネタをつい何度も見てしまいます。私には、これまでよりも、全体的にどれも面白かった印象です。順位についても、島田紳助が言うように、実に落ちつくところに落ちついている気がしました(最終決戦なんて、審査の必要ないだろっ、くらいでしたし)。それで、決勝の配点を拾ってみました。

    中田 洋七 大竹 渡辺 南原 松本 紳助
1位  97 92 98 90 95 95 97 チュートリアル
2位  96 89 91 90 94 90 90 フットボールアワー
3位  94 86 92 89 91 87 88 麒麟
4位  92 89 90 85 92 89 89 笑い飯
5位  90 83 90 85 88 90 87 トータルテンボス
6位  89 83 89 88 90 85 85 ライセンス
7位  93 82 90 80 89 80 83 ザ・プラン9
8位  88 83 85 79 84 75 82 変ホ長調
9位  85 83 81 75 85 85 76 POISON GIRL BAND

 ※採点は左から、中田カウス 大竹まこと 島田洋七 渡辺正行 南原清隆 松本人志 島田紳助
 (表が見にくかったので、一部手直ししました。)


 だからどうだってことのない表ですが、無理矢理ひねり出すと

@順位通りの採点をした人はいない
Aただ、島田紳助の採点を見れば、自分の実感と完全に一致して当然だろうとは分かる
B最終決戦に残る3組までに注目すれば、中田カウス・島田洋七・渡辺正行の3人が一致している
C3位の麒麟と4位の笑い飯を見ると、4位の笑い飯を高く採点した人のほうが多いですが、得点差の大きさで逆転している
D大竹まことは採点のばらつきが小さくて、島田紳助と松本人志は大きい

くらいでしょうか。

 私は、チュートリアル以外では、ザ・プラン9のネタをもっと見てみたいと思いました。


 最後にグーグルで検索したら、過去のも含めて分析しているサイトがありました(半帖庵


 
posted by 行き先不詳 at 20:15| Comment(0) | TrackBack(0) | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月23日

「大竹伸朗全景」

ootakeshinrou

 東京都現代美術館で開催されている、大評判の「大竹伸朗全景」に行ってきました。これまたギリギリになってしまい、気が付けば明日が最終日という日まで来ていました。会場はなかなか盛況で、私が行ったときにはチケットを買うのも行列ができてました。

 とくにはじめのスクラップブックの展示は狭いところに人が滞留して、とても見ていられる余裕はなく、チラッと見て通り過ぎることにしたほどでした。
 とにかく、圧倒的な量の作品群ですから、直接見るということによる効果は大きく、こればかりは見に来てよかった、というところです。
 それで、同じ人の作品かというほどのバリエーションで、その中でも、切れっぱしにただ落書きしたんじゃないかと思うようなものもあれば、ふつうにいい絵だなと思わせるものもあったりしました。個人的には、コラージュ作品に魅力を感じます。メチャクチャで力強いものとか。

 単純に、よくこれだけのものを取ってあったな、という感想が先に立ちます。子ども時代のものも大量にあって、保存してあることに感心します。

 駆け足で見たほうだと思いますが、1時間半ほどかかりました。
posted by 行き先不詳 at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『フェルメール全点踏破の旅』



 フェルメールの作品は30数点なので、そのすべてを見て回ることも不可能ではなく、『盗まれたフェルメール』などの著書もあるジャーナリストの著者がそれを実際に試みた企画。

 すべてといっても、盗まれたままの作品もあるので、もちろんそれは無理なのと、絵画はほかの美術館に移動したりすることがあるので、時間に限りがあった今回の場合、タイミングが合わなくてすべてとはいかなかったようです。

 また、30数点という書かれ方をするように、真作かどうか必ずしもはっきりしないものもあったりして、そのあたりはあいまいです。


 フェルメールが見ることができる都市ごとに章立てされていて、どんな美術館にあって、どの作品があるかを紹介しています。ヴィジュアル版というだけあって、すべてカラーで載っています。
 ポイントとして、作品の来歴に触れていて、これまでどういう人の手を渡って今に至ったかの解説があります。それから、著者がこだわっているのが寓意についてです。フェルメールの魅力について、はじめに著者は以下のように書いています。

 私はフェルメールやパルテノン彫刻などに関してノンフィクションを書いたが、その過程で西洋美術鑑賞にはいくつかのハードルがあるのを感じてきた。最大のハードルは、キリスト教に対する理解力という問題だ。(中略)
 ところが、フェルメールの絵の大部分は宗教画ではない。この事実は私にとって、またおそらく大部分の日本人にとって、フェルメールの絵を近づきやすいものにしている大きな要因だろう。

 そして、日常的な風景を描いた作品世界は親近感と普遍的な美を感じ取らせ、また、シンプルさが見る側の想像力をかき立てる。宗教的な絵ではないのに、崇高さをもっていて、心を癒す。

 そのように著者は見た上で、フェルメールは同時代の画家と比べても、寓意はかなり抑えられているという認識だったのに、思いのほか無視できないことが分かったと言っています。そのあたりの解釈については著者がかなりこだわっているのが見て取れます。フェルメール理解についての大きな問題のようです。ただ、研究者の中でも寓意をどの程度読み取るべきだとしているかは結構差があるようです。
posted by 行き先不詳 at 20:54| Comment(0) | TrackBack(1) | 本・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「エンジョイ」

 新国立劇場で12月23日まで上演されている「エンジョイ」に行ってきました。チェルフィッチュの名前は今年になってよく聞いたので、岡田利規の作・演出の本作を見てみようかと思った次第。

 下流の若者たちをモチーフにしているということだけは、見る前に聞いていましたが、それよりも何よりも、冒頭から戸惑いというか驚きというか、とにかく、これは何だ?という感想でした。

 役者がおもむろに登場してから、独白なのか語りかけているのか、どういう設定でしゃべっているのかがよく見えないまま、言い淀んだり、言い直したり、話している途中で違うことに話が飛んだりしながら、ただただしゃべり続けながら進んでいきます。それと、ヘンな動きをしながら。ふつうしゃべってる人が思わずしているというレベルではない動作で、これが意味を測りかねるところです。ただ、ずっと見てるとおかしみを感じたりもしますけど。

 それと、根本的な問題として、寝不足気味+先に夕食を取ったせいもあって、眠くなってしまいました。そういうコンディションで延々とあのしゃべりをされると、危険です。そういうこともあって、今回私には評価不能な結果に終わりました。
posted by 行き先不詳 at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月21日

「ダリ回顧展」

 「大エルミタージュ美術館展」を見終わって、一応どんなもんかと上野の森美術館の前を通ったら、夕方になっていたせいか、意外と行列の長さも大したことはなく、やっぱり見ることにしました。入場制限をしているだけあって、なかなか思うように動けずフラストレーションを感じながら見ることになりました。

 私は、ダリといえば「記憶の固執」がイメージされて、意味が分からないながらも引かれるところもあったのですが、今回、いろんな作品を見て、結構いろんな作風のものがあるなあ、ということで、言われなくてはダリだとは思わないようなものもありました。基本的には、何なんだコレ?という絵が多くて、心の中でツッコミ入れてました。色彩とか造型の不思議さに魅力を感じたものもあるのですが、正直それはごく一部でして、幾重にも違った意味を重ねる、とか言われても困ります。すいませんけど。
posted by 行き先不詳 at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「大エルミタージュ美術館展」

 元々はダリ回顧展の方を目当てにしてたんですが、遅目の昼食を取ってから行くと30分以上待つ行列だったので、多少なら並ぶ覚悟はしてましたが、予想以上の列の長さに見る気が挫けてしまいました。かといってそれでは悔しいので、「大エルミタージュ美術館展」に変更して東京都美術館へと足を運んだのでした。12月24日までだったので、こちらはこちらで多少の混雑はありましたが。

 15世紀ヴェネツィア派から20世紀の近代絵画までの、75人の80点の油彩だということです。
 全体的な印象としては、いかにも宗教的なモチーフという作品はあまりなく、風景画とか風俗画が多く、これが目玉だ的なものは少ないとしても、素直にいい絵だと思えるものが多かったです。
posted by 行き先不詳 at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする