2007年04月30日

「グエムル−漢江の怪物」

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 グエムル−漢江の怪物


 ソウルに流れる河・漢江に突然変異で生まれた怪物が暴れるパニック映画というよりは、その出現がある家族に何をもたらし、いかに翻弄されたかという物語といったところです。監督は「殺人の追憶」などのボン・ジュノです。

 グエムルに怪物というルビが振ってあったので、韓国語で怪物ということなんでしょう。それが最初に現れて人々が襲われたときの反応がリアルで、私はそういうところが好きです。その人々の中に、主人公一家もいて、のろまでマヌケキャラの父親(ソン・ガンホってやっぱりすごいっすね)が娘を助けようとしたのに気が付くと違う人の手を引いているという失態もあったりで、娘が怪物に捕えられさらわれてしまう。食べられてしまったかと思っていると、娘からの電話があって、まだ生きていることを知ります。家族はなんとか助けてほしいと願うのですが、警察も軍も科学者もマスコミもまるで頼りにならない。というかジャマをされます。いろんな妨害に会いながら、助けようと手を尽くすことに…。


 ふつうなら怪物が出てきたらそれを倒すべく力を尽くそうとするという方向になりそうな気がしますが、ここでは、見ているこちら側が意外に思ってしまうくらい社会がうまく対応できずにズレたことをしている。その社会の反応こそがきっとこの作品のポイントなんでしょう。また、そういうところがあるからこそ、現代の社会の話として、ふつうの人たちが怪物と戦う話がありえるわけですね。でも、どんなテーマが隠れてるにしても、私が一番好きなのは結局冒頭のシーンでした。
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2007年04月29日

枡野浩一『結婚失格』

結婚失格
枡野 浩一著



 「結婚失格」なんていうタイトルなので、てっきりエッセイかと勘違いして読みはじめたら、「いったいこりゃ何だ?」と一瞬戸惑いました。事実に即しているところもあるとはいえ、小説という形式になっているんですね。しかも、書評小説とかなってます。

 主人公はアダルトビデオの監督で、妻が人気脚本家という設定。突然、妻に家を追い出され、子どもにも会わせてもらえず、離婚調停がはじまってしまう。妻側の言い分はまるで納得できるものではなく、理不尽な仕打ちにグチっているというかんじです。そして、そういう目に会っている主人公が毎回ある本のことに言及していて、当然主人公の心情がそこに大きく投影された書評になっているという形になっています。

 これって、私小説みたいな内容のようですが、一応フィクションにしたのは、やはり相手の言い分なしに書くことになるわけですから、一方的な表現になることへのバランスということでしょうか。ただ、どうもその程度のバランスでは足りてないように見えます。何にしても大変なことになってますね。

 最後に付いてる、穂村弘のエッセイが、枡野浩一について冷たい書き方なところがすごいです。
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本谷有希子『生きてるだけで、愛』




 本谷有希子の昨年出た本を読んでみました。本当は、舞台も見たいんですけどもまだ見ておらず、まず小説を手にしてみたわけです。

 主人公の女性は、うつとか過眠症だとか言っていて、精神的に不安定なところも見え、部屋にこもってダラダラしています。同棲相手にもちょっとしたことで苛立っていて、トゲトゲしい態度をとったりしています。そんななか、同棲相手の元カノが現れ、よりを戻したい気持ちから主人公をなじります。しかし、何を言われようと、そんな簡単に立ち直れるはずもなく…。という展開。

 冒頭から、主人公のダメなかんじがあって、もうちょっと共感とか理解とかする方向にいってもよさそうですが、私にはやはり怠けてるとか自分勝手にしか感じらなくて、ただ、それでも自分を突き放しているような距離感が、不快ではなくおかしみを漂わせています。学生時代のあだ名がエキ子(エキセントリック子の略)ですからね。

 表題作のほかに、かなり短い作品ですが、「あの明け方の」が収録されていて、こちらもよかった。
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2007年04月28日

「CLEANSKINS(クリーンスキンズ)/きれいな肌」

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 この作品を書いたシャン・カーンは、ロンドン在住のパキスタン系イギリス人だとのことで、そういう人だからこそのテーマともいえるんでしょうか。

 舞台はイギリス。登場人物は3人。母・ドッティ(銀粉蝶)と息子・サニー(北村有起哉)がいっしょに暮らしている。そこにクスリに手を出したり、散々悪いことをして家を出たまま消息不明だった娘・ヘザー(中嶋朋子)が帰ってくる。イスラム移民排斥のデモが行なわれているような町で、イスラム教徒になって帰ってきた娘。一目見てわかる恰好で、とても外を出歩いてもらっては困る母と弟。デモにも参加しているサニーは姉を拒絶し非難する。姉は昔の自分ではない、心がきれいになったと家族に理解を求める。そして、小さい頃に自分たちを捨てた父について語りはじめ、家族の秘密が明らかになっていく…。

 
 私はてっきり娘がイスラム教徒となったことをはじめは拒否反応を示すもののしだいに理解されて乗り越えていくみたいな話になるのかと思ってたら、そういうわけではなくて、もっと根本的なところから考え直させるドラマになってました。深いです。シリアスで深刻なだけではなくて軽いところが入り混じっていて、そして、感情のぶつかり合いが激しいところもあるのでした。みなさん熱演でした。
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2007年04月27日

「プラダを着た悪魔」

 最高です、これ。今年に入ってから見た中では一番好きかもしれない。昨年の超人気作品でしたし、本当は映画館で見たいと思ってた作品です。

 ジャーナリスト志望のアンドレア・サックス(アン・ハサウェイ)が、一流ファッション誌「ランウェイ」の面接を受けるところからはじまります。そこの伝説的存在にして業界的にも絶大な権力者といえるミランダ・プリーストリーが“悪魔”なわけで、アンドレアは彼女の第2アシスタントの仕事を得るのですが、次々にやってくるレベルの高い指示(しかも質問を許さない)、ときには無理難題な指令があったりして、まさしく悪魔的なのです。

 アンドレアは、ファッションセンスゼロと言われてしまうような人で、元々ファッション誌にいつまでもいる気はないのですが、あまりにミランダの態度が厳しいので、優秀な仕事ぶりだというだけではダメなんだと着るものも一流のものを身にまとうことに方針転換します。そして、指示される以上に仕事をこなし、だんだんとミランダの信頼を勝ち得ていくのです。


 アンドレアが面接に訪れたときの第1アシスタントであるエミリーの「人事部の悪い冗談かしら」というセリフにあまりピンと来ず、その意味するところ(つまり「ランウェイ」で仕事をしたいはずなのに、何その服?みたいな)をはっきりと実感できなかったような私ですが、それでも相当楽しめたのですから、ファッションに興味がある人には、ますますたまらないんでしょうね。

 ミランダ役のメリル・ストリープがすごいのはもちろんで、たしかにうなりますが、ミランダの右腕的存在のナイジェルを演じているスタンリー・トゥッチがけっこう気になりました。キャラがなかなかよくて、とてもほほえましい。ほかにも業界側の人たちのほうが光って見えて、アンドレアの友達ら一般人のほうはそれほど魅力的に映らなかったです、私の目には。

 とにかく、見ていて気持ちよく、後味もいい、そして、元気が出てくる作品です。
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2007年04月25日

『ナンバー9ドリーム』

ナンバー9ドリーム
デイヴィッド・ミッチェル著 / 高吉 一郎訳



 珍しくも、新潮クレストブックスに手を出してみました。550ページくらいある翻訳ものでしたが、読みたくなるような匂いを発していたので。

 東京を舞台にしている、主人公も日本人の物語なんですが、これをイギリス人が書いたのかと途中何度も思いました。読みはじめからふつうに面白くて、読みにくさとか難しさはなかったです。にもかかわらず、中断したりもして、かなり時間がかかってしまい、後半のころには、もういい加減読み終わらねばと、かなり駆け足で読み進んでしまいました。

 話の骨格としては、屋久島から東京へ出てきて、父親を探して会おうとするものの、いろんな人が立ちはだかり、暴力団の争いに巻き込まれたりとかしてままならず、また、家族の過去についても明らかになりながら、というかんじ。それをいろんなタイプの書かれ方で見せていて、現代的な小説だなあという印象です。小説を読んでいるという手応えがしっかりあります。
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2007年04月24日

「コンフィダント・絆」

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 昨日パルコ劇場で、三谷幸喜作・演出の「コンフィダント・絆」を見てきました。やっぱり面白いです。


 ゴッホ、ゴーギャン、スーラ、それとシュフネッケルという画家たちがひとつのアトリエに集まって、いっしょに絵を描いている。まだ、みんな無名といっていい。アトリエの後ろには建設中のエッフェル塔が見える。そんな時代の話です。

 この4人のキャラが、脚本での書き分けとその役者の演技によって、ずいぶんくっきりと分かれています。そこがまず素晴らしい。演じているのは、ゴッホがナ生瀬勝久、ゴーギャンが寺脇康文、スーラが中井貴一、シュフネッケルが相島一之。

 ゴッホは、超ネガティブな男で依存心が強く、自分のことをダメだダメだと言っては周りから、そんなことはないよ、と声を掛けられて安心している。しかし、自分の才能は心の底では確信しているはず。

 ゴーギャンは豪快で男らしいが、頼ってくるゴッホを突き放すことはできない。ゴッホがひとりでは生きられないようなタイプなら、ゴーギャンはどこへ行ってもひとりで生きていけそうな人。

 スーラは、理知的でこだわりの強い男。ほかの3人と違って、多少ではあるもののすでに世に認められていて、この中では一番の成功者。点描という新しい手法の後続する人が出てきてほしいと気にするものの、自分を超えるものがいないことを安心してもいる。人の目を気にする性格の持ち主。

 シュフネッケルは、私は知りませんでしたが、実際ほかの3人と違って才能のほうはイマイチ。ただ、いい人で常識的、面倒見もよく、リーダー的存在だった。このアトリエを用意したのもこの人。

 それから、このアトリエにモデルのためにルイーズ(堀内敬子)というひとりの女性がやってくるのですが、この女性を巡って、4人の男は揺れるのです。モデルには手を出さないという掟が一応あるんですけども。

 第一幕では、この4人のキャラを生かしたコメディで、たいていはゴッホが引っかき回して笑いを誘うような展開です。笑えます。ゴッホの生瀬勝久にはたまらないものがあります。

 これが第二幕になると、いよいよそれぞれの秘めた複雑な思いがあらわになってきて、一見友情で繋がれた4人のようにも思えたのに、怪しい雲行きになってくるのです。そして、才能に対する嫉妬や羨望、他人の才能を見抜く目だとかが大きなドラマを作り出して、決定的な場面へと進んでいくのです。

 といっても、そんなにドロドロしてるわけではなくて、やはりそこはコメディではあるのです。4人のその後の評価が分かっているからこそ、この時点での位置付けも面白いところがあります。そして、才能と友情を巡るドラマはとても深いものがありました。


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2007年04月23日

「ライアー」

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 殺人事件の重要参考人とふたりの捜査官の間での虚虚実実のやり取りを描いたサスペンス。1997年の作品です。

 重要参考人はティム・ロス、被害者がレネー・ゼルヴィガー、ふたりの捜査官はマイケル・ルーカーとクリス・ペン。なかなか強力なキャストですが、ほぼこの4人で話は進みます。

 重要参考人はウェイランド(ティム・ロス)という富豪の御曹司で知能がかなり高い。彼をポリグラフ(嘘発見器)にかけているところからはじまります。その言動があやしかったりして、彼の取り調べが続くのですが、彼のペースになったりして、3人の間での力関係のバランスが崩れていきます。さらに、ふたりの捜査官の秘密に踏み込んでいく展開へ。
 終始、ポリグラフが重要な小道具として大きな位置を占めていて、狭苦しいというか濃密な空気の中で展開していくかんじです。とくに、3人の男優の演技が最大の見所でしょう。
 
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「ガタカ」

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 遺伝子がすべてという未来の社会を舞台にしたサスペンスタッチの作品。1997年の作品で、監督はこれがデビューとなるアンドリュー・ニコル、「トゥルーマン・ショー」の脚本家だったとか。

 主人公は、遺伝子操作なしに生まれた男・ヴィンセント(イーサン・ホーク)。こういう人は「不適正者」と呼ばれ、優秀なDNAをもっていないわけです。ヴィンセントは宇宙飛行士になる夢をもっていましたが、「不適正者」の彼は到底無理。ところが、事故で下半身付随になった超優秀な遺伝子の持ち主・ジェローム(ジュード・ロウ)と契約をして彼になりすまして、その夢を叶えるチャンスを得る。といっても、血液やら尿やら髪の毛やら、常に検査が行なわれているようなシステムになっていて、本物のジェロームから提供を受けて、それをどうにかかいくぐりながら、土星の衛星タイタンに行くことが決まっています。

 それが、ある日起こった殺人事件の現場で発見された、ヴィンセントのまつ毛が採取され大きく揺らぎます。行方不明になっているヴィンセントは最大の容疑者となって、警察は徹底的に調査します。ということで、果たして、ヴィンセントはどうなるのか?というのがストーリーの大きな柱です。ここがスリリングなところで、やはり見所でしょうか。それと、ヴィンセントと最も近づいて、真相を知りうるところにいる女性をユマ・サーマンが演じていて、彼女との恋がありうるのかが、もうひとつの柱でしょうか。

 言うまでもなく、遺伝子操作によって、有害な要素を排除した子どもが生まれるという社会のあり方というのが物語の根本で、ヴィンセントの弟は「適正者」なんですね。そして、ヴィンセントは夢のために相当な努力をしていますが、やっぱり心臓に欠陥を抱えていたりして、無理をしているということも事実です。また、ジェロームのほうも、完璧な遺伝子をもつ男なのに、水泳のレースで金ではなく銀メダルだったことを引きずっていて、なおかつ下半身付随になったことで絶望しているはずなわけです。そういう遺伝子がすべての社会での人間の悲哀が描かれているというのはあるのでしょう。


 どうでもいいことですが、「24」のジョージ・メイソン役の人と、「名探偵モンク」のモンク役の人が出てて、あぁ、今見るからこそ分かることだなとか思ったりしました。

 それから、タイトルの「ガタカ」は舞台となる宇宙局の名前です。
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2007年04月21日

「陽気なギャングが地球を回す」

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 陽気なギャングが地球を回す


 原作は好きな作品で、確かに映像化すれば面白くなりそうな気もしましたが、どうも思ったような手応えがないんですよね。それって、原作を知ってて、多少の展開に違いがあるからなのか。ただ、その変化もそんなにいいとは思えなくて。原作のことを忘れても、もっと楽しくなってよさそうかなという気がしました。あと、成瀬が大沢たかおで、響野が佐藤浩一というのも、しっくりきませんでした。
 いいことを全然書いてないですが、まるでダメってわけではないと思いますよ。
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2007年04月20日

夢二夜「シェイクスピア・ドラマスペシャル」

 2週間経ちますが日本テレビで金、土と2夜連続で放送されたシェイクスピアの現代版を見たのでちょっとだけ。井上由美子の脚本で、「リア王」と「ロミオとジュリエット」を元にしてました。それぞれの作品に似た設定で、今の日本を舞台にしていました。ただ、それぞれ、登場人物らがその作品に自分たちの状況が似ているということを自覚していて、それとは違う結末を得るということが特徴です。


 「リア王」を元にした「王様の心臓」では、父親がスーパーマーケットの経営者で一代で八百屋から中堅スーパーにまで成長させた男。ところが、心臓を悪くして医者に引退を勧告されたため、3人の娘のうちのひとりと一緒に暮らしたいと提案し、その娘に財産を託したいと言い出します。長女と次女は、財産目当てに愛情をアピールするのでした。

 三女が演劇の裏方をしていて、「リア王」の公演が控えている。その準備をしているときに、まるで自分の家が「リア王」と同じ状況だということが見えてきて、その舞台を父とふたりの姉に見せて、家族を諌めようとするのでした。

 父親が西田敏行。3人の娘が若村麻由美、中島知子、井上真央。父親の運転手が長門裕之。スーパーの専務に佐野史郎。娘たちの相手の男というかんじで、それぞれ大倉孝二(ホスト)、吹越満(夫)、福士誠治(舞台の裏方の先輩)。福士誠士って、どっかでみたことあるなあ、と気になって見ていたらドラマ「のだめカンタービレ」の黒木君でしたね。


 「ロミオとジュリエット」のほうでは、大学の教材に「ロミオとジュリエット」が使われていて、それを勉強している女子大生が、最初は内容をバカにしていたくらいなのに、自分が一目惚れをして、その教科書をきっかけに再会を果たすのですが、その相手の男の父親が警察に追われていて、その父親を追っていた捜査一課長こそが自分の父親であるということがわかって、いよいよ「ロミオとジュリエット」の話をなぞらえる、という設定。実は、親同士は昔、ある因縁があったということが後半に判明し、そちらも「ロミオとジュリエット」なところがあるのです。この親世代の話のほうが、立場の逆転があったりして、運命的なものを考えさせます。

 主な出演は、滝沢秀明と長澤まさみ、それぞれの父親は山下真司と三浦友和。男の母親に田中美佐子。


 それぞれ、元ネタを登場人物が強く意識して、それがストーリーに大きな意味をもっているわけですが、今の日本に翻案しただけではつまらないということか、それとも悲惨な結末にしたくないということかとも思いましたが、元ネタを知らない人がいることを前提にすると、こういう作りのほうがいいのかもしれないですね。

 
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2007年04月19日

猫のホテル「苦労人」

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 三軒茶屋のシアタートラムではじまりました、猫のホテルの公演「苦労人」の初日を見てきました。今回が再々演になるそうです。

 室町時代からはじまって現代に至る、ある一族を軸にした民衆史的ドラマ?でしょうか。私は最初、室町時代の話なのにバテレンが出てきておかしいなあとか思ってたら、場面が変わったら戦国時代になってたわけで、そうやって、安土桃山・江戸・明治・大正・昭和・平成へと移っていきます。“苦労人”というだけあって、それぞれの時代状況の中であがいている人たちの姿が出てきて、全体を通して「日本人」の歴史がそこに見えてきますし、時を越えた一族の物語としてのスケール感も最後には感じられるところはあるかと思います。

 そういう構成ですから、役者はみんな何役も演じているわけです。改めて、個性的な人が多いなあという思いを抱きました。
 コメディとして笑える部分が多いですが、とくに前半(江戸時代まで)なんかは、おバカなコントみたいになっていて、かなりおかしかったです。
 室町時代なのにアース・ウィンド・ファイヤーというはじまり方で、音楽の印象もなかなかです。


 作・演出 千葉雅子
 キャスト 中村まこと・いけだしん・森田ガンツ・岩本靖輝・菅原永ニ・市川しんぺー・村上航・池田鉄洋・佐藤真弓・千葉雅子
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2007年04月17日

「グッドナイト&グッドラック」

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グッドラック&グッドナイト

 1950年代、マッカーシー上院議員による「赤狩り」に対して報道番組を通じて対決したエド・マローらの闘いぶりを描いた作品。監督はジョージ・クルーニー。思い入れと時勢への危機感があることが窺われます。

 なんといっても、エド・マロー役のデヴィッド・ストラザーンがかっこいい。番組がはじまるのにタバコを吸ったままなのにはちょっと驚きましたが。それから、番組の最後に「グッドナイト アンド グッドラック」と言って締めてるんですが、カメラ目線ではなくて、下を向いて言ってたりするのが変わってていいです。そんなことはどうでもいいことですが、エド・マローの番組本番でのしゃべりがいいんですね。もう俳優には見えないくらい。時流におもねることなく、良心をもって筋を通す姿というのは、単純にかっこいい。エド・マローの私生活とかには行かずに完全に報道姿勢にのみ狙いを向けて撮られているのもいいと思います。見たかんじ、予想したほどは圧力とか妨害とかはなかったように感じられ、その点が意外でした。
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2007年04月16日

「ツォツィ」

 現在公開中の「ツォツィ」は今の南アフリカを舞台にした作品。先日、アカデミー外国語映画賞を受賞してましたね。


 ツォツィというのは、主人公のニックネームですが、字幕で不良というルビが振ってありました。仲間数人といっしょにいつも悪いことをしています。

 それが大きく変わる出来事が起こります。ひとりでいたツォツィが、裕福な家に帰ってきた女性から車を強奪し、その女性を銃で撃って逃げますが、後部座席には赤ん坊がいたのです。ツォツィはこの赤ん坊を家に連れて帰り、密かに世話をします。世話といっても、紙袋に入れて運んだり、おむつ代わりに新聞紙をあてがったりとかですが。また、赤ん坊を背負っている、ある女性に目をつけて、銃をつきつけて子どもに乳を飲ませます。

 ツォツィは、暴力的な父親とエイズを発症した母親のいる家を出て、土管で小さな頃を過ごしていました。子どもの頃から根っからのワルではなかった。赤ん坊と接しているうちに、その頃のことを思い出します。乳を飲ませる女性との関わりも大きい。そして目覚めるようにして、生きることの意味を取り戻します。


 正直なところ、赤ん坊が出てきたときに「こうなるだろうなあ」という通りの展開ですけども、最後には清々しさがあって、希望がもてる内容です。
 音楽が印象的で、南アの音楽みたいですが、これがなかなかいいです。
posted by 行き先不詳 at 22:12| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする