2007年07月31日

『「モード性格」論 心理学のかしこい使い方』

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 服を着替えるように性格をモードチェンジしようという提案です。

 性格って時間や状況の違いによって変化するもんだ、ということが前提にあります。だから、心理ゲームはもちろんですが、心理学にのっとったちゃんとした心理テストでも、性格が一貫して安定したものだという前提で捉えているので、おかしいんだと言っています。

 ふだん私も思うのは、Aさんと接しているときの自分とBさんと接しているときの自分とで、素直に出てくる自分の反応なり態度、言動がずいぶんと違うことに不思議さを感じるとか、細かい話ですが、とうもろこしはキレイに食べるのに魚はそれほどじゃないとか、行列に並ぶのは平気なことが多いのにレジの列を見ると買うのを止めたりするとか、ほかにもいろいろと、性格がそんなにくっきりとなんかしてないという感覚があって、この本で書かれていることは方向性として結構納得できるものでした。

 ほかに、性格の形成における遺伝と環境の影響、血液型性格判断批判、「性格」をめぐる心理学の歴史なども書かれています。


 読んでいるうちに、性格というものが捉えどころがなくなるように感じていくくらいで、今までより気軽に性格について考えられるようになるのではないでしょうか。

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2007年07月30日

「ブロークバック・マウンテン」

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 アカデミー賞では監督賞や脚色賞、ゴールデングローブに、ヴェネチア国際映画祭の金獅子賞などの映画賞を獲得している本作ですが、本当に面白いのかなとなんとなく見るのを手控えておりました。

 1963年という時代と舞台のワイオミング州が保守的な土地柄ということがまずあるようです。その夏の間、ふたりっきりで羊番の仕事をすることになった男・イニスとジャック。イニスは結婚も決まっているんですが、ふたりは肉体関係をもってしまう。ただ、ふたりは羊番の仕事を終えるとそのまま別れ、それぞれ結婚をして家庭を築きます。そのふたりが時をおいて再会すると、互いへの思いを確認するのですが、それが同性愛だということと、家庭をもっているということから、ふたりの愛の行方はどうなっていくのか…、というかんじ。


 このふたりがはじめてそういう関係になるシーンが私には理解できないんですが、ジャックがイニスを求めたときに、イニスがなんで簡単に受け入れるのか、もう少しそこへ至っても納得できる過程があってもいいのではないのかなと思ったんですが、どうなんでしょう。ただ、気になったのはそのくらいで、とくにこれが後半になると、ふたりの関係の深まりと切なさ、家族との関係の変化が思ったよりもドラマとしてよかったです。もっと破滅的な展開も予想しましたが、同性愛ということを超えて抒情的に愛を描いたといったところでしょうか。

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2007年07月29日

道尾秀介『シャドウ』

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 昨年の「このミステリーがすごい!」の3位になってたり、また、他の作品でも高い評価を得ているので、早く読んでみたいとは思ってました。

 家族ぐるみの付き合いがあった、ふたつの家族がいて、一方の妻が病死をし、他方の妻はその後自殺、その娘が交通事故に遭う。そんな中、見え隠れする秘密や心の病。果たしてどんな真相がそこにはあるのか。

 といった話ですが、ストーリーがどうこうというよりも、絶妙な伏線とミスディレクションがすごいです。そして、途中で何となく見えてくる画と、最後の最後になって現れる画の違いが、この作品の魅力ではないでしょうか。読みやすくて面白い。これといって、欠点がないんじゃないかと思いますが、ただ私はもっと強烈な何かがほしいという欲張りなところも正直あります。
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岡田斗司夫『「世界征服」は可能か?』

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 アニメや特撮ものに出てくる「悪の組織」による「世界征服」を数々の作品を参照しながら考察したというもので、なかなか面白いです。

 もし、世界征服をするとしたら、どんな目的でするのかとか、どうやって征服していくのかなど、具体的に検討していくと、漠然と世界征服という言葉を受け入れていたことがどうも違ってくるんです。アニメや特撮もののほか歴史上の実例も出てきますが、それらをツッコミ目線で見ていきます。


 世界征服の目的のところでは、たとえば「勇者ライディーン」で、人類絶滅を目的にしているのにライディーンと戦うわけで、ライディーンなんて相手せずに毒ガスとか細菌を撒けばいいのに、とか。

 支配者の類型では、魔王、独裁者、王様、黒幕の4パターンに分類しています。独裁者は忙しい。すべての報告が来て、すべての判断を自分が下すからで、忙しいけど他人に任せられない。「バビル2世」のヨミ様は過労死してしまう。「DEATH NOTE」でも、主人公は昼も夜もDEATH NOTEのことを考えて、働き通し。自分が手を下せないときには指示を出しておきますが、指示された人は、自分なりに判断すると、間違ったことをしてしまう。結局、自分でやるのが確実だと思い知らされる。相談する相手もおらず、孤独だと。


 この考察は、現代においては世界征服はうまみがない、という結論に行きつきます。そこはまだ分かるんですが、さらに、悪とは何かというところで、自由主義経済や情報の自由化を破壊する行為が悪だという持っていきかたには、結論を急ぎ過ぎかなと引っかかりました。大きな問題ではないですけど。

 
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「トップランナー」10周年

 懐かしかったです。
 「トップランナー」10周年だそうで、スペシャルで過去の放送を振り返りつつ、昔に登場したゲストも出演したりという構成。そういえば、大江千里と益子直美が、田辺誠一とはなが司会だったなあと思い出しました。山本太郎の前が武田真治だった記憶も薄れてきてる私です。

 ここんところ、毎回のように見てるわけではないですが、ゲストのセレクションといい、インタビュー内容といい、とても好感のもてる番組で、これからも長く続いてほしいです。
 観覧募集を見ると、森見登美彦もそのうち出演するようで、楽しみです。



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2007年07月28日

「THE BEE ロンドンバージョン」

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 元々ロンドンで上演された「THE BEE」を、日本語でのバージョンに続けて連続上演するという企画で、そのロンドンバージョンということになります。(日本バージョンのときのエントリーがこちら

 そうなると、まずは、日本バージョンとロンドンバージョンを比べてしまうところですが、主人公の男の役を女優が、女性の役を野田秀樹が演じていることが最大の違いではありますが、これは観る前にも知っていたこと。舞台装置が違って、こちらでは後ろにアクリル板みたいなボードが壁になっていて、ライティングによって後ろが見えたり見えなかったりするような恰好で、最初に脱獄犯である小古呂の妻を訪ねたときの内と外の反転など、日本バージョンでの紙との違いを感じました。それから、後半になるとセリフも少なくなって表現方法が変わりますが、日本バージョンのほうが様式化されていて抽象度が高く、洗練されていたように感じます。ロンドンバージョンのほうが芝居の流れとしては受け止めやすいと思いますが。

 女性が男性の役をということよりは、やはり野田秀樹の女役のほうが目を引くんですが、連続上演ということで野田秀樹のすごさが際立つものがあるような気がします。ああいう役を女性が演じたときの生々しさが良い悪いは別としてあることも確かです。それと、日本バージョンで近藤良平が演じた役をグリン・プリチャードという人が演じてますが、その複数の役の振り幅の大きさがよりはっきりしてるように見えました。

 今回、観て思ったのは、被害者の対応の仕方の違いで、ひとつは被害者という役回りを拒否して加害者になる(しかも加害者でもなくなる)という行動。もうひとつは、被害者でありながら自ら進んで受け入れるようにして傷つけられることを甘んじている姿。暴力の向かった先での反応の違いによっても、暴力そのものに迫っているのかなと。
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2007年07月27日

内田樹『下流志向』

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 「下流志向」というのは、もちろん、みんなで下流を目指そうではないか!という意味ではなくて、本人にそれほど強い意識がなくても下流へとひた走るような行動を取っている現状となぜそんなことになるのかを分析してます。講演をまとめたものです。内容的には、ここ最近の中では、『先生はえらい』『知に働けば蔵が建つ』とかぶるところもあるかと思います。

 苅谷剛彦『階層化日本と教育危機』、山田昌弘『希望格差社会』、諏訪哲ニ『オレ様化する子どもたち』に触発されたようですが、こういうところからこんなふうな洞察があるのかと興奮します。実証的な裏付けもできない話ですし、こんなに一般化しちゃって大丈夫かなと思うところもあるんですけど、ページをめくる度に目から鱗落ちまくりで、すぐに付箋を貼るのを止めました。


 昔の子どもなら家の手伝いなど労働によって存在を認められていったが、今の子どもは消費行動によって自己を確立する。お金というのは、使う人が誰であれ対等に扱われる。また、役に立つか立たないかを理解してから買うかを決める。そこで、子どもは教育を受けることが何の役に立つのかを問うのです。なぜなら、今の子どもにとっては教育を受けることは権利ではなくて義務でしかなく、そんな苦痛に見合う、どんな見返りがあるかによって、学ぶかどうかを決めるんだと。ただ、学ぶということは、学ぶ過程によって自分が変わることであって、学び終わったときにはじめて分かることだったりするのに、学ぶ前に学ぶ価値があるかを問うことは無意味だと著者は言っています。

 それと、リスク社会が出現したものの、リスクがあるだけでリスクヘッジができないのはフェアではないというのも面白いです。自己決定・自己責任論によって、リスクを押しつけられるのは、下流の人たちで、階層の上にいる人らは、リスクヘッジ、つまり家族や親戚などによる助け合いが機能していることから、ここでも、階層は強化されているんだというわけです。

 ニートについては、労働というのは、本質的に割りに合わないものだから、経済合理的にみれば、働かなくて済むのなら働かないのであって、だから合理性をもって説得することはできないということです。
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2007年07月25日

日垣隆『方向音痴の研究』

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 これで『方向音痴の研究』ってタイトル付けるんだ、っていうのが読みながらの感想です。ラジオ番組でのインタビューのうち方向音痴に関連するものをまとめてますが、関連してはいるものの直接そのことがテーマになっているわけではないんですね。

 第1章では、全盲の社会学者に、位置などの情報が視覚で捉えられない中で、ふだんの生活上どうやって対処しているかの知恵などを聞き出しています。
 第2章は、動物行動学者に、帰巣本能を代表とする動物のもってる地図情報や方向感覚を、第3、4章では、三菱電機とゼンリンの技術者にカーナビ開発当時の話を聞いてます。最後の心理学者で、やっと方向音痴についての話なってます。

 著者自身が極度の方向音痴だということで、ちょっと信じられないようなエピソードも紹介されてます。私自身も昔は方向音痴がひどかったんですが、最近は困るようなこともまずなくなりました。それなりに、気を付ければ、ある程度は治るもんだと思うんですけど、その気を付けるという部分が、ほかのことより優先順位が低いからこそ、方向音痴的状況になるようです。ですから、日垣隆にして、この程度の対策をこれまで全くしてこなかったのかということに驚きます。

 ただ、私も東西南北の感覚だけは、全くダメなままですけど、方向音痴の種類やレベルも人によって様々で、そういうエピソードをもっと集めても面白そうだなと思いました。

 それぞれの話自体は興味深いものですので、方向音痴克服の実用書としてではなければ、全然OKだと思います。
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2007年07月24日

劇団ダンダンブエノ「砂利」

 表参道にあるスパイラル・ホールで劇団ダンダンブエノ公演「砂利」を観てきました。

 劇団ダンダンブエノは、ほぼ年1回の公演ペースで、近藤芳正、山西惇、酒井敏也の3人に、ゲストを迎えるというパターンのようです。私ははじめてなんですが、脚本が本谷有希子、演出が倉持裕という組み合わせに惹かれた恰好です。


 ある屋敷に、内縁関係の夫婦(坂東三津五郎と田中美里)、夫の弟(近藤芳正)、居候で療養中の男(山西惇)が住んでます。夫は、誇大妄想から子どもの頃いじめていた子が復讐しにやってくることを必要以上に恐れていて、まともに生活ができないありさま。現在無職。妻のほうも、なだめながらも夫に影響を受けてもいる様子。箱を手に持って、隠し場所を探してるという妙な男が庭に入ってきて、だんだん居ついてしまう。そこへ、妻の姉(片桐はいり)が訪ねてくることで物語は転がりはじめます。

 夫のその思い込みがストーリー上の重要な要素になりますが、その背景には、感情の乏しさと、そういう自分への不安があります。心の空っぽさを埋め合わないといけないという意識が不幸な状況を作り出しているともいえそうです。


 坂東三津五郎がこんな役を、という意外性もあるでしょうが、私は片桐はいりの演じるキャラのひとり勝ちじゃないかというくらい、テンションの高い極端な言動が最高です。かなり笑わせてもらいました。
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2007年07月23日

イチオシは「干物女」

 今期の連ドラでは、「ホタルノヒカリ」が今のところ一番面白い。「ホタルノヒカリ」というより「干物女」というほうが通りがいい気がしますが。
 綾瀬はるかの職場での仕事っぷりと家での干物っぷりのギャップが笑えていいです。恋愛を忘れ、家でだらしなくくつろぐ女性ですが、散らかり放題とはいえ、別に不潔にしてるわけでもないし、そんなに悪くは見えない私です。部長の藤木直人が同居する展開が強引だなあとは思いましたが、部長のツッコミ視点が欠かせないですね。そんな彼女が恋をしますが、それによって、すっかり干物女でなくなるんではつまんないので、そこんところどう展開するか楽しみです。

 ※ほかのドラマでは、「ファースト・キス」「牛に願いを」「山田太郎ものがたり」「新マチベン〜オトナの出番」「ライフ」を観てます。
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「パパとムスメの7日間」第4回を突然見てみる。

 舘ひろしと新垣結衣のふたりが親娘で心が入れ替わってしまうという設定に、とりあえず私は切っちゃって、見てなかったんですけど、立て続けに面白いと薦められて見てみることにしました。舘ひろしの女子高生らしい振る舞いをするところが、見所だそうで。

 で、今回は、ふたりがそれぞれ正念場となる状況みたいで、父は社内の重役の前でのプレゼン、娘は期末試験。ドタバタなかんじで、バカバカしいですけど、なかなか楽しい。きっと、舘ひろしの仕種は前回以前はもっと前面に出てたんだと想像します。今回はそれほどではないのではないでしょうか。社長をはじめとする面々の前で、つい女子高生の立場から大見得を切ってしまうのが一番の見せ場ですから。

 私はてっきりミスキャストなのでは、とはじまる前は思ってましたが、全く侮れません。
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2007年07月22日

本多孝好『正義のミカタ』

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 いじめられっ子が大学に入ってからの、恋や友情と成長を描いた青春小説ですが、何はともあれ「正義の味方研究部」です。この部は、学内のトラブルを解決して正義を実現しようと奔走しています。最初、必殺仕事人のようなイメージなのかなと思ったらそうではなくて、問題を起こした人たちを、冷静に諭すというかんじ、但し、時には力をもって。

 この部の創設時のエピソードがかっこいい。大学でボクシング部が不祥事を起こしたのに、花形の部だったために問題をそもそもなかったことにして解決とした。そこに、ボクシング部と比べれば弱小な剣道部、空手部、蹴球部が団結してボクシングの勝負を申し込む。3部合わせても37人、相手は100人以上で、相手の土俵で闘うんだから無謀ではあった。一人ひとり戦い続けるという試合をすることになるんですが、この試合の決着もなかなかいいです。

 それから、現在の正義の味方研究部の活動の中での部長の発言。悪さをした学生があなたたちには関係ないと居直ったところ、「君の蹴り飛ばした缶は誰かに当たるんだ。少なくとも、誰かに当たる可能性はあるんだ。同じ国の、同じ時代の、ましてや同じ大学にいる僕らに、君のやったことで関係のないことなど一つもない。一つもないんだよ」「我々は警察ではない。君をどう罰するかを考えているわけではない。我々は、どうしたら君を許せるのかを考えている」とか言います。やっぱりかっこいい。

 主人公は、この部にスカウトのような形で入部しますが、こういうかっこよさに対してある答えを見出します。そこがこの小説のポイントです。その答えの図式に則った最後の部長の言動にはちょっとがっかりです。

 この小説の終わった後こそ、本当の彼らの物語がはじまるような気がして、なんか残念な気もしますが、もちろんここまでで十分面白い。ちょっとかわった、後味さわやかな青春ストーリーでした。
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2007年07月21日

森見登美彦『新釈 走れメロス 他四篇』

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 森見登美彦が近代文学の名作を元にして、全く違う世界を作り上げてます。「山月記」「藪の中」「走れメロス」「桜の森の満開の下」「百物語」の5作品。しかも、連作の形をとっていて、共通の登場人物が出てきます。とくに、斎藤秀太郎という変人の存在が楽しかったり、哀しかったり。最後の「百物語」では、語り手が森見君と呼ばれて、F君なんて出てくるから趣向が違うのかと思ったら、やっぱり斎藤秀太郎が出てくるんですね。

 作品ごとにテイストが違ってますが、『夜は短し恋せよ乙女』を読んで以来、すっかり好きになった私からすると、表題作の「走れメロス」が一番面白かった。テンションが高くて古風な言葉遣い、それに「走れメロス」を反転させたバカバカしさが笑えてもう最高です。

 最後のあとがきで、それぞれの惹きつけられた点を挙げているんですが、『「藪の中」は、木に縛りつけられて一部始終を見ているほかない夫の苦しさ』と書いてて、ちょっとうなりました。昔読んだときに果たして、そういう視点を持ち得たかと思って。
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2007年07月18日

「三年身籠る」

 タイトルから訳もなく面白そうなにおいを感じて、昨年の公開の頃から、なんとなく頭の片隅にはあった作品でした。唯野未歩子初監督作品です。

 主人公の女性(中島知子)は妊娠9ヶ月です。夫(西島秀俊)の態度がちょっと無機質なかんじで、この人はどうかな?という雰囲気。ほかの家族、親戚らの言動、ふるまいもちょっとへんなところがあります。妹カップルの存在もなかなかで、妹の恋人である医者を演じているのが塩見三省なんですが、私はこの人がこういう役をやっているのをはじめて見て、それが新鮮でした。

 その後、妊娠18ヶ月と27ヶ月というふうに時間が飛んでいくんですが、世間的にも騒がれたり、病院に利用されている疑いがあったりして、結局、人里離れた住処に移って、出産の準備をします。お腹の中にいながら、もう泣き声が聞こえたりするという設定で、つまりは、ほかの動物なんかで生まれたときにはもう自分で立てたりするとか、ああいうイメージでしょうか。それと、夫が父としての自覚を長い妊娠期間中にもつことにもなっている恰好です。


 正直、もっとへんな話を予想してたので、ちょっと肩透かしで、決して悪くはないんですが、これといって大プッシュするところも見当たらないところです。
posted by 行き先不詳 at 23:01| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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