2009年09月29日

「鴻池朋子展 インタートラベラー 神話と遊ぶ」東京オペラシティアートギャラリー

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 最終日のおととい日曜日に、ギリギリ行ってきました。私は、ほとんど不案内でこんなに人気があるのを知らなかったんですけども、そういえば、「neoteny japan 高橋コレクション」にもあったなぁとか、みみおはどこかで観てるなぁとか、そんな程度の認識です。

 本展は、初の包括的な個展だそうですが、イマジネーションあふれる世界観を空間全体に実現させる意気込みが感じられる展覧会、という印象を受けました。正直なところ、言葉に変換することができないのですが、単純に「みみお」の原画の展示ではかわいさとストーリーに惹かれましたし、後半の展示では、回転する「赤ん坊」の部屋以降には、虚を衝かれるような驚きがあって、異界へ踏み込んだような不思議な体験をした気分です。よくわからないけど何かスゴい、といった感想に留まっているのですが…。
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2009年09月28日

NHK連続テレビ小説「つばさ」終

 先週で終了した「つばさ」は、珍しくずっと観てました。録画しておいて帰宅後や週末にまとめて、というかんじで。元々は「ちりとてちん」の総集編を観たときに、これなら観ときゃよかったと思ったことがまずあって、「つばさ」がはじまる当初、今までにはない朝ドラになるという話が出てたのと、主役が多部未華子だったことで、ちょっとチェックしてみたということです。

 結論を言えば、毎週1時間半を半年間、というのは長かった。内容のほうでも、最後まで観続けたものの、それほどよかったとも思っていなくて、画期的な朝ドラかはわかりませんが、私としてはもっと遊んでほしかったところです。ただし、視聴者からは逆の反応らしく、ドタバタなところなどが不評だったようで、視聴率的にもふるわなかった一因なのでしょう。

 物語としては、コミュニティ放送と家族のふたつを2本柱として進んでいきます。主人公のつばさ(多部未華子)は、地元の川越市で、ラジオ放送局の立ち上げと、番組放送にパーソナリティとして関わっていく中で、自分の夢を見つけていきます。また、老舗和菓子屋を家業とする家に、約10年家を空けていた母親(高畑淳子)が帰ってきたり、借金から店を明け渡さなければならなかったりとか、いろいろと騒動が起こり、ふりかかる問題と向き合うことになります。

 前半では、ラジオ放送局の開局にこぎつけ、手探りで番組を作っていくようになる中で、つばさの家族を含め、周りで起こっている人間関係の問題をラジオの企画を使って解決していく、といったパターンが続くようになります。この頂点が、第14週「女三代娘の初恋」で、つばさの母と祖母(吉行和子)の三代の女が、自らの夢と恋にどういう選択をしてきたかが、それぞれ違ってもいるし、今につながっている問題でもあることがわかり、またラジオの企画として大衆演劇を使い、演目の「婦系図」とオーバーラップさせるというものでした。

 このあと、つばさの失恋やラジオ番組での失敗から傷心旅行をすることで、これまでの流れを一旦打ち切り、後半に入ると、父親(中村梅雀)が昔カタギでなかったことが周りにバレて家にいられなくなるとか、ラジオ局のメンバーが離脱していくとか、いろいろとピンチを乗り越えなくてはならなくなるのです。

 全体を通して、和解の場面が多いように見えました。ラストも、母親との和解でもあるわけですが、主人公は、人と人をつなぐ、ということが自分のしたいことだと発見するようになり、ラジオ放送を通じて、人と人をつなぎ、ラジオ局がみんなの広場となることをめざすようになります。ドラマとしては、人と人をつなぐときに、誤解やすれ違いなどの修復という形として描くことが多いのかもしれません。

 私が、不満に思うのは、コミュニティといいながら、極めて狭い人間関係の中でしか物語が展開しないところです。人と人をつなぐ、ということも、これではあまり実感させません。ドラマ制作上の制約はあるでしょうが、やはり不十分だと思います。
 それに、ラジオ放送自体がこれでちゃんと成り立っているのかがよくわかりません。

 登場人物の中では、翔太(小柳友)の扱いがひどいという気がします。つばさと恋をし、プロサッカー選手になるところまでいくのですが、それがいずれもダメになるあたりから、考えられないような展開を見せて驚かされました。

 休みなく、今週から次のシリーズがはじまっていますが、今回はとりあえず観ないことにしています。
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2009年09月26日

大人計画「サッちゃんの明日」

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 昨日の夜公演を観てきました。
 一応、大人計画の本公演みたいですけど、キャストの人数と劇場の規模からか、こぢんまりとした印象です。

 パンフレットの松尾スズキの言葉には、“NHKの朝ドラのパッケージ”とあって下町を舞台にしたホームドラマのような設定でいて、エロとか身障者、覚醒剤なんかが盛り込まれ、さらに、テレビではあり得ないような結びつけ方があって、そここそがポイントかと思われます。とはいえ、私には、えげつなさとかグロテスクさを、それほど感じなかったですが。

 鈴木蘭々が演じるサチコは蕎麦屋をひとりで切り盛りしています。彼女は足を引きずっていて、何の後遺症かは後で明らかになります。同居している家族は父親(松尾スズキ)と祖母(小松和重)。父親はアル中で働かず、祖母はネットで株をやっている。母親が不在ですが、祖父と駆け落ちして心中したんだという話。これも後日談がわかります。
 この蕎麦屋を中心に、バイトの面接を受けにきた男・ヅケヤマ(皆川猿時)、サチコの友だちで、身障者にしてトップセールスの営業マンの沼田(小松和重)や乳飲み子をひとりで育てながらダンサーを目指すつぐみ(猫背椿)、沼田の同僚で金持ちのカチガネゴロー(星野源)などが登場します。
 ほかに、サチコやつぐみにとって憧れのPJ先輩の部屋で会う道灌(宮藤官九郎)というとんでもない男や、家にやって来るれい子(家納ジュンコ)という女は、サチコらに大きな影響をもたらすのでした。

 覚醒剤とか合成麻薬なんて出てきたりしても酒井法子や押尾学の名前こそ出ませんが、それ以外では、いろいろと時事ネタを散りばめられてます。全体的に、小笑いや中笑いくらいが絶えず起こってるかんじでした。一番笑ったのは、れい子の稲川淳二風にはじまるエロ話でした。

 サチコは見事に不幸な境遇ですし、心の闇的なものも明らかになるとはいえ懸命に頑張っているキャラ。終演後、まさしくサチコの明日はどうなるんだろうとは思っちゃいました。


 作・演出 松尾スズキ
 シアタートラムにて
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伊坂幸太郎『あるキング』

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 ある天才の物語。野球の超人的な才能の持ち主が、どんな両親のもとに生まれ、どのように育っていき、どういう人生を送ったかが描かれます。ありえないような突出した才能とは裏腹に、決して栄光の道が用意されているわけではないのです。

 伝記的に書かれるのではなく、はじめは神話として語られてるんだと感じました。主人公に才能があることに必然性がなく、どうしてあそこまで両親は確信し、実際に非現実的な能力を身につけ得たのか、ということについて、リアルに書こうとしても説得力がないからなのかもしれないとも思いました。

 また、最初の「0歳」の章では、君、次の「3歳」では、おまえ、と二人称で書かれていて、誰が誰に語っているのかが違うのはともかく、こういう語り口についても、フィクションであることを強く意識させます。また、マクベスから借用したと思しき三人の魔女の予言があったり、両親の異常とも言えるほどの熱狂的な思い入れ、なんてのもあります。

 ただ、そのために、才能そのものに説得力がないわけで、私なんかは、天才の伝説に立ち会うようなわくわくしたものが、もう少しほしかったです。後半の展開でいくなら、もっとリアルな書きぶりでもよかったのでは、という気もしました。

 これまで読んだことがないような、スケールの大きなものになるのかと期待しましたが、そういうこともなく、面白く読んだものの、これをどう評価してよいのかが、ちょっとわかりません。
posted by 行き先不詳 at 20:45| Comment(0) | TrackBack(1) | 本・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月23日

「ブザー・ビート 崖っぷちのヒーロー」終

 今期の連ドラで観続けてる数少ない1本でした。録画しておいた一昨日の最終回を今日観ました。

 私にとっては脚本の大森美香といえば、いまだに「カバチタレ」が鮮烈で、同じ月9でも「ランチの女王」や「不機嫌なジーン」なんかも一味違うドラマで、面白かったです。そして、今回はどちらかというといかにも月9なドラマということで、ストレート勝負ということなんでしょうか。

 物語としては、夢に向かっているふたりの男女がいて、それぞれ年齢からも、あきらめるかどうかの瀬戸際にあるわけですが、ふたりの出会いが互いに刺激し合い、飛躍をさせると同時に、友情から恋愛へと進んだことで、夢と恋愛のどちらかを選ばざるを得ないのか、という展開でした。

 全体を通して印象的なところとしていくつか。
 思ったほどは、あざとい展開が回避されてたような気がします。たとえば、最終回で言えば、チェリストの先輩に竹財輝之助を配しておきながら、あのスルーっぷり、とか、バイト先の店長が直輝の義兄だったわりにあの役回り、とか。

 上矢直輝(山下智久)のバスケの才能はわかりましたが、白河莉子(北川景子)のバイオリンの才能については、ドラマを観ててもどの程度かが不明で、前半のうち捉えにくかったところがありました。

 相武紗季の嫌われ役はやはり記憶に残ります。タバコ、舌打ち、陰での悪態、そして浮気、などなど。はじめのうちは、違和感がありましたが、しだいに気にならなくなってきました。

 菜月(相武紗季)と宇都宮(永井大)がもしうまくいくとレギュラー選手と次々に付き合うことになるわけで、社内でゴシップの的となりそうです。代々木(金子ノブアキ)をめぐって後輩とケンカしてたときの職場の空気からしても、居づらくならないのかと心配にもなります。

 貫地谷しほりは安定感があって、キャラクターとしても魅力的でした。溝端淳平とのカップルもほほえましく。

 毎回のように上半身裸のシーンが登場するのはやり過ぎだと思いますが、山下智久の鍛えっぷりが異様なほどでインパクトがありました。

 川崎ヘッドコーチ(伊藤英明)の帰国後のあっさりとした引き下がりぶりは、かっこいい大人というポジションを守ってましたが、拍子抜けの感も。

 最終回で、ブザービートで終わるんだろうなということはわかりやすすぎるのに、決まって、B'zの曲が入って、エンドクレジットっていう瞬間がかっこよく、気持ちよかった。 
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「コースト・オブ・ユートピア ユートピアの岸へ」

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 昨日はこれがすべてでした。昼の12時開演で夜10時15分過ぎの終演です。買う前に一瞬たじろぐものがありましたが、せっかくだからと通し券を購入しました。

 19世紀のロシアの知識人たちの話で、ゲルツェン(阿部寛)、バクーニン(勝村政信)、ツルゲーネフ(別所哲也)、ベリンスキー(池内博之)、オガリョーフ(石丸幹二)、スタンケーヴィチ(長谷川博己)らが中心です。いまだ農奴制が残り、ヨーロッパから遅れているという意識をもつ彼らの思想や社会変革への情熱と挫折、彼ら自身の友情や恋愛、家族とのドラマが描かれます。
 
 上演時間についてざっくり言うと、第一部から第三部まで、それぞれが約3時間ずつで途中15分の休憩があり、第一部と第二部の間に30分、第二部と第三部の間に45分の休憩といったところ。30分と45分の休憩中は客席での食事可となってましたので、私は3時過ぎの休憩では座席で買ってきたパンを食べました。45分の夕食休憩では劇場から出て外食にしました。

 主役のゲルツェンなんて、私は聞いたことがない人でしたから、速攻でパンフレットを買って、登場人物とストーリーの方向性を押さえました。でも、開演前では、舞台上で出演者らが囲んだ机の前に座ってジャージ姿とかでしゃべくりあってたりする演出のために、そっちをチラチラと気にしながら、というかんじ。

 一応それなりに覚悟したせいか、恐れるほどには長さは感じなかったです。もし前半で睡魔に襲われて、あとわかんなかったらヤバいとかも危惧しましたが、それも問題なく、食後の第二部前半がちょっと危険だったくらい。長時間座り続けるわけで、もっと疲れるかなとも思いましたが、意外とイケました。今朝起きたときは若干疲れが残ってましたが。

 ただ、真ん中に舞台をはさんで客席が設置されているため、セリフが若干聞こえにくい箇所もありましたし、休憩直後とかでまだ客席がざわざわした空気が残ってたりとか、場面転換等でカーテンの引かれる音がしてるときなどのセリフはよく聞こえないこともありました。それから予想通り、政治や文学、哲学に関しての議論には、何を言ってるのかわからなかったりすることも少なくないです。ということもあって、あんなに長くなければもう1回観たいくらいです。

 時間が戻ったり、現実と幻想、難しい議論と恋愛や家族のドラマが代わる代わる演じられて進行していきます。一本調子ではないため、飽きることがありません。また、場面転換が多く、状況の変化に対しても説明的になり過ぎないのですが、決してわかりにくくありません。ロシアとヨーロッパに起きる政治的な動きを背景にして、熱っぽい議論があり、友情が築かれたかと思えば壊れたり、夫婦や家族の間で修羅場や、悲劇的な出来事など、いろんなことが起こり、それぞれに惹き込まれます。

 個人的な好みでは、第二部が物語的には一番面白かったです。ゲルツェン夫妻にいろんなことが起こり、かなりツライ場面もあります。
 キャラクターとしては、ベリンスキー。この人を主役にしても、面白そうだなと思いましたし。それとは別に、バクーニンの変貌ぶりは、疲れを癒されるものがありました。

 長い時間を通して、目の前でもがき苦しみ、あるいは幸せな時間を過ごす人たちを見て、ただ歴史上の人物としてではなく、実在した一人ひとりの人間として、また、約30年の歴史的な時間のかたまりを受け止めるような濃さを感じることができたように思います。そして、この中でゲルツェンが、暴力革命を否定し、テロリズムには向かわなかったことが、たとえそこでは時代遅れと言われても、不完全な世界で生きていくしかないという言葉に表れるように、現代的な問題として今も意義があることがわかります。

 ただ長い舞台を観たというだけでは、あまり意味がないとか思ってましたが、終わって一日経ってみると、やはり今までにはないような特別な演劇体験をしたという充実感が残っています。
 


 作 トム・ストッパード
 演出 蜷川幸雄
 主なキャスト 阿部寛 勝村政信 石丸幹二 池内博之 別所哲也 長谷川博己 紺野まひる 京野ことみ 美波 高橋真唯 佐藤江梨子 水野美紀 栗山千明 とよた真帆 大森博史 松尾敏伸 大石継太 横田栄司 銀粉蝶 毬谷友子 瑳川哲朗 麻実れい
 シアターコクーンにて
 
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「12人の優しい日本人」

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 2005年12月にパルコ劇場で上演された作品のDVD版。チケットを取れなかった公演です。当然のことながら、裁判員制度が4年後に導入されるけど、といった話も出てくるタイミングです。

 本編のほか、三谷幸喜とクリス智子によるコメンタリー、特典映像なんかを観たら、全部で5時間半以上かかりましたが、それぞれ面白かったです。

 東京サンシャインボーイズの公演は観てなくて、中原俊監督の映画化作品がすっごく面白かったという印象です。今回DVDを観て、「十二人の怒れる男」を踏まえたセリフや設定があって、そっちを先に観たほうが楽しめることがわかりました。

 映画化されたほうとの比較で言うと、舞台のほうがはじけすぎてる嫌いがあって、優柔不断だったり自分の意見を言えなかったりするような日本人像としての表現としては映画のほうが伝わりやすいように思います。ただ、舞台のほうが、いったいいつまで続くんだこの議論、という果てしなさのようなものがありそうです(DVDだとその効果もそれほどではないですが)。

 特典映像で、舞台上の大きなイスの陰で三谷幸喜が観たりして、それが客席からは死角になってるけど、俳優からはよく見えるという、その状況を映した三谷幸喜側からの映像が一番の“衝撃”でした。

 作・演出 三谷幸喜
 出演 浅野和之 生瀬勝久 伊藤正之 筒井道隆 石田ゆり子 堀部圭亮 温水洋一 鈴木砂羽 小日向文世 堀内敬子 江口洋介 山寺宏一 
posted by 行き先不詳 at 12:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「十二人の怒れる男」

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 1957年のシドニー・ルメット監督作品。
 11月から中井貴一主演で舞台があるのと、「12人の優しい日本人」のDVDを観る前に、名作なんだし観ておこうということで。

 ほとんど陪審員たちの評議だけで進行し、どういう事件で何が争点となるかは、議論の中で明らかにされます。それも説明的過ぎず、かつ、自然にわかるようになってます。回想もないし、被告がチラッと映るくらいで、たいへん潔い。

 結果がわかっててもすごく面白くて、議論の過程に惹き込まれます。とにかくアツい人ばっかり。“angry men”というだけあって、頭に血が昇った人多数です。

 主演のヘンリー・フォンダ以外のキャストがどの位のスターなのか知りませんが、いかにもスターな風格とかオーラをあんまり感じなかったことが、私にとっては逆によかったです。
posted by 行き先不詳 at 12:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「サブウェイ123 激突」

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 「サブウェイ・パニック」をトニー・スコット監督がリメイクした作品。地下鉄をハイジャックする犯人グループのリーダー役がジョン・トラヴォルタで、そんな相手に交渉役として関わる羽目になる地下鉄職員をデンゼル・ワシントンが演じてます。

 デンゼル・ワシントン演じるガーバーは運行指令係として仕事をしていて、あくまで普通の人というのが役作りとしても強調されています。そんな男とハイジャック犯との交渉による心理戦が繰り広げられる展開です。ガーバーは管理職から降格されて今の仕事をしていて、それが賄賂の疑惑によることがわかります。このことは、犯人との交渉過程で屈辱的な場面につながり、前半の見所のひとつになってます。

 ただ、この賄賂がらみのエピソードは、いろいろと釈然としないところがあって、最後に至っても解消されませんでした。それから、ガーバーが交渉役となることの必然性がないと、あの展開は強引過ぎるなぁとか、そもそも本当に勝算のある犯行なのかとか、犯人グループのリーダーのラストへ向けての行動など、私には不満なところが少なくなかったです。


 
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「ウィーン世紀末展」日本橋高島屋

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 「ジェーン・エア」を観劇後、歩いて日本橋高島屋へ行って観てきました。

 クリムトとエゴン・シーレを中心にウィーン分離派の作家たちに焦点を当てて紹介されてます。ウィーン・ミュージアムのコレクションからということです。ウィーン分離派以前の作家については、有名な人もいたんでしょうけど、ほぼ全滅的に知らない画家ばかりでした。

 個人的な最大の目当てが、エゴン・シーレの「ヒマワリ」で、実際に一番時間をかけて観たのもこれでした。ずいぶんと縦長のキャンバスに、白の背景に枯れたヒマワリが描かれて、ゴッホのひまわりとは対照的すぎます。力が尽きたような姿ですが、それでいてまっすぐ立っているところにいろいろと感じさせるものがあります。実物を観るまで気づきませんでしたが、下には咲いてるヒマワリの花が並んでるんですね。エゴン・シーレはほかの肖像画や自画像も痛々しいくらいに強烈でよかったです。


 それから、シェーンベルクって絵も描いてるんだということをはじめて知りました。好みの絵ではなかったんですけども。
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「ジェーン・エア」

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 シャーロット・ブロンテの同名小説を舞台化したミュージカル。ジョン・ケアードが脚本・演出、主演は松たか子。日曜に日生劇場で観てきました。

 私は、あまりミュージカルを観ないのですが、松たか子・橋本さとし・壤晴彦という組み合わせが、「ひばり」がよかったなぁというのはともかく、たいへん魅力的に映ったからでした。


 19世紀のイギリスに生きた強き女性の半生を描いています。小公女セーラとか、キャンディ・キャンディを連想させるつらい幼少期を経て、貴族の娘の家庭教師として雇われますが、そこの主人と身分違いの恋に落ち…、という流れ。

 原作を読んでないので違いがわかりませんが、あんまり物語として共感を覚えないところがありました。エアの少女時代の勝ち気さが、大人になってからの生き方にあまり活きてないように思えましたし、結局、幸せへの道が玉の輿か棚ぼた的な遺産相続になっちゃうのかなというふうに見えましたし。少なくとも、シンデレラストーリーで終わったりしなかったときには、安心したくらいです。


 ミュージカルということでいえば、歌の魅力は松たか子にしても橋本さとしにしても素晴らしくて、楽曲も当分忘れそうにもないのですが、やはり、こんな説明台詞でも歌うのかと思ったところは何ヶ所かあって、そういうところが入り込めないところです。

 子役にはそれぞれ感心しましたが、アデール役の加藤ゆららという子がほほえましく印象的でした。
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2009年09月22日

柴崎友香『ドリーマーズ』

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 柴崎友香の先ごろ出た短篇集です。全部で6篇収録されてます。

 この人のは、今のところ、必ず読まねば、とかいう気負いまではいきませんが、気になる作家です。毎回、いいなぁとは思うのですが、突出したものがなくて、どこがどういいのかがなかなか説明しにくいところがあります。

 オカルトに行っちゃうのかと疑うようなところもあったのですがそうではなく、あくまで日常が描かれてました。作品によっては、怪談とか幻想小説に使えそうな題材なんですが、日常の中でのふとした場面に組み込んでるとも言えるし、非日常に振り切っちゃうんではなく、そうした瞬間を含んだ日常を描いているとも言えるのかなという気がします。

 たとえば、冒頭の「ハイポジション」では正夢ともシンクロニシティともつかないような夢と現実との呼応があり、「クラップ・ユア・ハンズ!」では、生き霊とか地縛霊とかを連想させる、前に住んでいた人の残滓のような存在が登場して、具体的で実在感のある気配や物音が…。「クラップ・ユア・ハンズ!」が一番、そっち系で、ちょっと怖い話とも読めますが、おどろおどろしくはないです。

 ラストの「ドリーマーズ」で、港町のマンションの外に一夜にして巨大な建造物がそびえ立って景色が一変しているイメージが印象深いのですが、これまた幻想ではないのでした。
posted by 行き先不詳 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(1) | 本・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月21日

「ネジと紙幣」

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 土曜夕方の公演を観てきました。

 近松門左衛門「女殺油地獄」をベースに現代の物語として倉持裕が脚本を書いています。私は、タイトルを聞いたことはあるけど…くらいの認識で、何度も映像化されてるようですが、いずれも観たことはありません。なもんで、比べることができないのですが、今回は現代の物語として違和感なく楽しめました。

 ざっくりとまとめると、どうしようもなくダメで悪い息子(森山未來)がいて、工場を義父(田口浩正)が営んでいるのですが、金に困ってやらかしたことなんかから義父に勘当され、また、ふだんから彼のことを気にかけている幼なじみ(ともさかりえ)に借金を断られ、彼女を殺してしまう、といった話。


 一番感情を動かされたのは、兄(細見大輔)による暴露と詰問、そこからの義父の勘当の場面で、ここにはかなり惹き込まれました。
 ほかに、複雑な心情を見せる母親(根岸季衣)とか、工場に働く青年(野間口徹)の気持ち悪さとかも、よかったです。

 個人的にちょっと気になったのは、倉持裕的な笑いが随所に入って、それ自体はおかしくて好きなセンスなんですけど、題材や劇場の広さと相性がよくないのではないかという疑問があったこと。

 それから、ラストの殺害場面は静かで冷ややかで生っぽくてよかったんですが、衝動的でない分、腑に落ちないところはあって、閉塞感に出口を見出せない男が終わりをつけるという筋道はあるとしても、若干の唐突さを感じるところがありました。


 ほかのキャストに、長谷川朝晴 江口のりこ 満島ひかり 小林高鹿 近藤智行 吉川純広
 作・演出 倉持裕
 銀河劇場にて
posted by 行き先不詳 at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月17日

想田和弘『精神病とモザイク』

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 今も公開中の想田和弘監督の映画「精神」の撮影の舞台裏について書かれた本です。また、テーマである精神障害についても、対談やインタビューなどを通して語られています。

 私は前作の「選挙」を今年になってはじめて観て、今回の「精神」はまだ観てませんが、かなり興味があります。「精神」は「選挙」以上に、ドキュメンタリー映画論と直結しているようで、上映することへの障害や課題に対して、生半可でない覚悟があることが窺われます。

 監督の“観察映画”というアプローチは以下のとおり。

 1 撮影前にリサーチ、打ち合わせをしない
 2 構成表や台本を書かない
 3 少人数で撮る 
 4 長回しをする
 5 ナレーションやテロップによる説明、音楽を使わない

 撮る前にはどのようなものになるかわからずに回しはじめるのでリスクもあるし、時間的にも費用的にもコストがかさむ手法ですが、予定調和や誘導への誘惑、紋切型になるのを避けるといったことが目的です。

 ただ、観客にとっては5が大きいわけで、「選挙」のときにも、作品を観ながら状況を読み取る過程が面白く、説明的でないにも関わらず、ちゃんと見て取れるところが印象的でした。

 「精神」では、精神科の診療所での撮影ですが、モザイクなしで映すことに決めています。これはモザイクをかけることで、精神障害への差別意識を強化することになってしまうといった理由なのですが、このことが被写体を狭めたり、撮影後の責任や上映後の予期せぬ波紋といったことが心配されることにもなるのです。一般論的な取材対象との緊張感ということとは違ったレベルにあります。

 また、本人の許可はとりますが、家族の許可をとることは不要だといったところは、理屈としてはわかりますが、これも勇気のいる決断です。また、本人の気が変わることも起こったりして、完成後に撮影に協力した患者たちに観てもらうところは、なんとも胸が苦しくなるような気持ちを抱かせます。

 ドキュメンタリー映画について書かれた部分はとても面白かったのですが、精神障害について言及されるところでは、本当に重い病状の人のことをどこまで考えてるのか疑問が浮かび、なんとなく甘過ぎるような印象を受けてしまいます。
posted by 行き先不詳 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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